子どもが出来て結婚するも早々に離婚。今思えば私の価値感がずれていた。

こんにちは♪

昨日は中学時代や、中学卒業後の事について書かせて頂きました^^

 

も~

暗かったでしょう?内容が(笑)

 

一言添えさせて頂きますが、今は全然暗くないですよ^^

至って普通に過ごしています。(笑)

 

こうやって改めて思い出すと、何だかその当時の感情に戻ってしまい…

なかなかネガティブな気持ちになりますが…

 

ふと

「あ!!今幸せだったんだ」

と我に返ります。(笑)

 

ではもう少しだけ私の過去にお付き合い下さいな~。

 

夜の世界で元旦那さんに出会いました

貧乏ホステスを18歳まで続けていたんです♪

(普通18歳から始まるんですがね…(;´д`)トホホ)

 

18歳の時にたまたまクラブのお店に来た某スポーツ選手と出会いました。

彼は夜のお店などさほど興味もないだろうな~と思うと同時に、まじめな人でした。

誠実で、仕事もしっかりしていて、優しくて。

私たちは全く別な世界を、全く別の歩み方で過ごしてきた。

 

お互いの世界が新鮮で、時には理解が苦しくて…。

お互いに無い物を感じ取り、すぐに交際。

 

そして間もなく、おばあちゃんが突然死。

頭の中が真っ白になった。私の一番の味方であり、理解者であったおばあちゃん。

おばあちゃんの愛情がなかったら生きてこれなかった私。

心に…それはそれは大きな穴があきました。

 

悔しいけど、悲しい気持ちだけに浸れる暇はありません。

今日から誰がご飯を作るんだ?

誰が家計を回すんだ?

誰が弟や妹のことをするの?

なんて事も考えながら、愛するおばあちゃんを見送ったのを今でも覚えています。

 

そんな中で支えてくれたのは彼。

彼には言った事ありませんが、おばあちゃんが居なくなったことで、私を人として好きと言ってくれる人は彼だけ。

あとの家族もみんな私ではなく、私についてくるお金が好きだったのだから。

 

もうこのまま結婚したい。

幸せになれる保証が欲しい。

一生私を愛してくれると約束させたい。

 

ココだけ見るとまぁ~若気の至りって部分もあると思いますが…(笑)

そんなタイミングで妊娠発覚。

不安もありましたが、どんな形でも私は家族が欲しかった。

愛し愛される関係が欲しかった。だから妊娠は嬉しかった。

 

そして結婚

ももちろんそんな簡単に幸せと愛は手に入らなかった。

旦那の両親はお互いが若すぎるという点、

私がホステスだったという偏見、

色々な面で結婚を反対。

しまいには

「あんたは子供だけ産めばいいから」とお義母さんに言われ…。

旦那の妹には「お兄ちゃんが可愛そう」と言われ。

 

もう心はズドーン。

でも悩んでいてもお腹の子は育つ。

ならば、もうすべてを諦めて子供を下ろそう…。

 

こんな環境で育てられるわけがない。

でも旦那は言いました。

「親や家族と縁を切るから産んで欲しい」

私は嬉しかった。

そこまでして私と産まれる子供を想ってくれているんだと…。

 

そこから産む決意をし、戸惑いながらも出産に備えた。

旦那は仕事の関係でほぼ日本にはいなかったので、1人で広い部屋で毎日過ごす。

 

不安になっても、寂しくなっても、1人で耐えなきゃ…と思うと辛くて辛くて。

旦那と話す時にはいつも愚痴ばかりで、泣いてばかり。

もちろんケンカも多かった。

 

妊娠8カ月の時に旦那は出て行った。

「やっぱり俺の親のいう事聞けない人とはやっていけない」

もう色々な感情がこみ上げてきましたね。

 

ザコンか?

っていうかさ、もう産まれちゃうんですけど…。

これからどうすればいいの。

 

結局話し合いに話し合いを重ねた結果、旦那と旦那家族と会う事に。

なんとか無になって過ごした。

文句言われながら…。

 

出産

産まれました。

男の子が。

妊娠中、旦那が出て行った時に一度自殺未遂したんです。

もう未来なんか見えなくて。

 

でも立派なビッグボーイが産まれたんですよ…(笑

今現在でも超ビッグボーイですがね。(笑)

 

産みたくない。

育てたくない。何もしたくない。

母として最低なことしか思い浮かばなかったけど、そんな暇も与えてくれないほど、息子の育児は忙しかったです。

 

それが功を奏したのか、産まれて三か月目ごろから母としての実感がわくようになった。

とにかく可愛い。

これは正直、不思議な感覚でもありましたね。

 

そして

赤ちゃんはお母さんじゃないと泣き止まない。

これが嬉しかった。

 

こんなに自分を求めてくれるのか!と。(笑)

 

今だからこんな事言えるけど…。

昔のちちちゅんよ!

あなた、ちょっと異常な愛情の図り方だよ!

と思う(笑)

 

でも旦那とはうまく行かず…

子育てに忙しくても、旦那との溝は埋まらなかった。

もう…。旦那がいると涙があふれるんですよ。

 

なんで?どうして?

もう話し合いもしてくれない彼に私は見切りをつけた。

 

この子と一緒に何とか生きていけるだろう。

命に代えてもこの子は幸せにしてあげよう。

 

なんとなく、その時はもう涙も愚痴も出ずに行動に移しました。

そして離婚。

 

 

今思えばね?

私の価値感もずれていたんだよ。

 

目に見えもしない愛を求め続けていたから。

愛されるってよくわからなかったし、愛してもどうすればいいのかわからないし。

 

なのに

もっとくれー!もっと愛をくれーーーーーーー!!

ってもがいてたに過ぎない。

 

旦那の発言もどうかと思うけど、私のそれもどうなの?って今は思う。

愛なんて図れるものじゃない。

 

それには私にの生い立ちにも原因があったんだなって。

まぁ気付いたのはつい最近だったんですけど。(笑)

 

また昼ドラのような…内容を見て下さって感謝です。では、また♪

 

 

中学を卒業とともに、お金で自分の価値を見出していた。誰かに必要とされたくて…

おはようございます。

 

なんやかんやで、忙しく…

全然ブログに手が出ないちちちゅんです。

 

いや、むしろ、まだ本題の「幸せ」には程遠い記事なので、読みたくなる人も少ないですよね…。(笑)

 

でも、ちょっとまだ書かせて下さい。

 

自分の中で、気持ちの整理をつけることも兼ねて。

世の中にはこんな人生の奴もいるんだなぁ~と知って欲しい。

「自分の方がもっとすごい苦労してきたんだよ!そんなちっぽけな苦労聞きたくもない」

という人もいれば、

「自分はもしかしたらまだマシな方かも?」

と、私の人生を踏み台にしてくれても構わない。

 

こういう事実が実際にありえる事なんだって理解して欲しい。

もちろん後味の悪い経歴ばかりなので、気分を害すようなら読まないで下さいね。

 

幼少期は除け者

前回の記事で書きましたが、私は幼少期、両親から除け者にされていました。

いや、もしかしたらそれは私の思い過ごしかもしれない。

(できればそうであって欲しい…)

 

でも私全く愛されていると感じたことはないですし、26歳になるまで両親を愛を必死に求めて来ました。

 

ダメな人間

人として恥ずかしい

取り得なんて一つもない

友達が可愛そう

 

など、普通に言われてきました。

小学5.6年生の時の担任にひどいいじめやセクハラを受けましたが

「大人がそんな事するわけがない」

「あんたは問題を起こしすぎ」

と言われてばかりで取り合ってくれず…

 

察しの通り…グレました。(笑)

でもそんな過酷な中でも、学校を一日も休まずに卒業した自分を褒めてやりたい。

(単に家にも居場所が無かったとも言えるけどね…)

 

そんなこんなで、大人と言う存在が大嫌いになり。

中学校では、勉強も辞め、先生と言う存在は無視し、

友達と過ごす中だけで、自分の存在価値を見出しました。

 

まぁ今思えば、そんなに存在を認めて貰っていたとは思ないけどね。

でもまぁそこは良いんです。

幼少期や、思春期のことは。

問題はここから。

 

自分の存在価値をお金で見出していた

私は大人と言う存在が嫌いなまま自分も大人になり、子供も授かった。

今でもそんなに大人という括りでは、人を見ないようにしている。

 

中学を卒業後、私は高校へは進学したくない!と一点張りでした。

本当に行く気がなかったし、もう何かに縛られて生きていくなんてやだ!

と強く感じてました。

 

でも大好きなおばあちゃんの為に、通信制の高校へ行くことにしました。

(あとから聞いたけど、実は両親は私の進学費なんて貯めていなかったので、どのみち普通の高校へは進学できなかったのだけど…(笑))

 

進学すると同時にすぐ、ガソリンスタンドでのバイトを始めました。

もうすぐフルタイムのシフトで、相当頑張りましたね。

家では、何してもけなされて…侮辱されるだけなのに、

仕事を頑張れば評価されるだけではなく、給料と言うお金の対価まで受け取れる。

 

こんなに素晴らしい世界があったんだ?とちちちゅん感激。

もうがむしゃらに働いた。お金を稼ぐことが楽しくて楽しくて…。

 

そして働いたことで、両親も私に目を向けるようになった。

今思えば、私に目を向けていたのではなく、私の稼いだお金に目を向けていたのだけどね。(笑)

生活費がないと言われれば、いくらでもお金を渡した。

洋服やバック…色々なものを家族全員に貢いだ。

 

そうすればね。みんな私を見てくれるんです。

みんな私に「ありがとう」って言うんです。

初めてだった。嬉しかった。必要とされることが。

 

これを書きながら今感じることは…

ぞっとする…

の一言です。

 

私は恐ろしい事に

お金で自分の存在価値を見出すようになったのです。

 

だんだんもっと稼がなくちゃって思ったんですよ。

今だから言えるけど、年齢を誤魔化してホステス業を始めました。

おばあちゃんは泣いてました。

おじいちゃんはそんな私を見て歯を食いしばっていました。

 

両親はというと…。

喜んでましたね!!!(笑)

未成年の私が、何をしようと関係ない。

どうなっても別に良い。

だって私は稼ぎ頭だから。

 

そのままどうしようもない大人になって行ったのは言うまでもありません。

背伸びして、背伸びして…

大人の世界にありえないほど早い段階に踏み込んでしまった。

しかも、夜の世界という、深い大人の世界に…。

 

どんなに辛くても、苦しくても…

お金が私の価値を証明してくれるように思った。

だから一生懸命に働きました。

 

朝起きたら自分の銀行のキャッシュカードはいつもありません。

私が寝ている間母取るので。

口座にもいつもお金がありません。

本当にビンボーホステス。(笑)

 

まぁビンボーには慣れていたので、何も感じませんでしたけどね。(笑)

結婚しても、離婚しても…

この私の存在価値は変わらなかった。

 

お金がないと…。

自分の子どもとして見て貰えないから。

寂しいから。

誰かに愛されたいから。

 

もう少し両親にかんしてのブラックなことはたくさんありますが、またまた長くなってしまったので…。次回。(笑)

 

相当暗い話でしょう?(笑)

大丈夫。もう少しで話が明るくなるから。(笑)

というか、実際に今もこうやって感じている青少年いるのでは?と思うと怖い。

 

では、また…♪

幼少期は「兄妹で一番の出来損ない」「ダメな人間」と言われ続けた。

 

こんばんは☆

このブログの使い方がイマイチまだつかめてないちちちゅんです…(;´д`)トホホ

 

今日はちょっと私の事をお話ししようかなって思ってます。

まずは私の幼少期から。

 

私は

・母方の祖父母

・両親

・姉、自分、弟、妹

の8人家族でした。

 

家の両親は共働きなのになぜかお金がないので、祖父母の家で一緒に暮らす事になったのです。

(なぜお金がないのかは後に知ることになります。)

 

家は3DKの間取りなので、プライベートな空間はほぼ無し。

貧乏だったので、欲しいものはもちろん買えませんでしたが、おばあちゃんが毎日たくさんの晩御飯を作ってくれました。

今思えば、安い食材でよく工夫して作られていたな~って思う。

 

もちろん8人なので、ご飯は戦争です。

誰が何口食べたのかとか…。

誰の茶碗が一番米がたくさん入ってるか…とか。笑

 

もう必死。

このころの私の切なる願いは

「大人になって自分でお金を稼げるようになったら、お腹いっぱいご飯を食べたい」

でした。

 

あ、今は叶ってるので余分な脂肪がお腹にたっぷりと…。笑

アイスなんて超貴重なおやつなので、名前書いておかないと一瞬で誰かに食べられます。笑

 

まぁそんな感じで大家族生活はとにかく毎日激しかったですね。

何が大変だったかって、私のおばあちゃんが一番大変だったでしょう。

 

うちの両親は共働きって理由だけではなく、子供たちにあまり興味がないのです。

本当に少しだけ子育てのミッションをこなしているという感じ。

 

母は育児しないどころか、家事もしません。

父は毎晩酒を飲んで、自分の気分が悪いと私たち子供に当たり散らす。

休日は夫婦で朝から晩までパチンコ三昧。

あとはカーセックスとか、とにかくセックスしてるイメージです。笑

補足すると、父が寝ぼけて私と母を間違い体をむさぼったことがあります。

その時はさすがに怖かったですね。

 

小さいながらに嫌でしたが、おばあちゃんとおじいちゃんがその倍に愛を注いでくれたので、私はそれで充分でした。

 

なぜか私には風当たりの悪い両親。

姉と私の間が9歳年が離れているので、ほぼ私は長女状態。

でもポジションは次女なので、

「お姉ちゃんのいう事聞きなさい」

と言われたと思ったら

「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」

って言われるし…。

 

まぁそんなことはどこの家庭でもよくある話で、意外と真ん中のポジションは損をするんですよね~。

ちょっと話は逸れましたが、もうとにかく私はその不条理な事が許せなくて結構意見してたんです。

「なんで?なんでちちちゅんだけそんな事言われないとダメなの?」

とか。

 

まぁ両親からしてみれば、そもそも子供に興味がないのにそんな事言われたらめんどくさい。

「お前は兄弟の中で一番出来損ないだ!お前だけ要らない」

「ダメな人間。何かを買ってやる価値もない人間だ」

などなど、たくさん言ってましたね。

 

その時は、それが普通だと思ってたんで何とも思わなかったというか。

つい最近まで、本当に自分はダメな人間だって思ってたので、それに違和感は感じなかったんですよね~。

ちょっと怖いでしょう?要するにマインドコントロールってやつ。

 

まぁ普通に殴られたり、叩かれたりもしてましたけど。

どこのお家もされていることだと思ったし。

中学のとき、友達のお母さんから

「小さい時虐待受けてたんでしょう?大丈夫?」

と言われて衝撃を受けたのを覚えてます。

 

「え?ほかの家では叩かないの?みんなの家は過保護なんだな~」ぐらいのレベル。

 

だからね、幸せって誰もが手にするものではないって思ってました。

しかも、つい三年ほど前まで。

 

これにはまた続きがあるのですが、長くなってしまったので…。

また次回にします。

おやすみなさい☆

ブログ開設の経緯。人生のどん底から今に至るまで…

まずなぜこのブログを改めて開設したか…。

私はこのブログ以外に、違うブログを書いてます。

内容は【幸せへの一歩】です。

http://chiinomama.seesaa.net/?1488502267

今までがむしゃらに人の幸せについて書いてきましたが、もっと内容を具体化しようと思ったからです^^

 

ただ人を励ましたりするのではなく、私が人生のどん底から今に至るまでどのように這い上がってきたのかを紹介しようと思いました。

参考にした本、実践したこと…。

効果があった方法など。

そしてこれからも、生きていく中で良いな~って思う事も共有したい。

 

私の人生がどんな人生で、何がどん底だったか…。

まずはそれを知って頂ければ、

「自分はまだマシかも」

ってあなたの踏み台になるかもしれない。

 

カウンセラーに

「すみませんが…死にたいって思わないですか?」

って言われたぐらいです。

 

誤解しないで欲しいのは…。

私は不幸自慢をしたいわけじゃない。

(むしろ、出来れば記憶から消したい)

私が世の中で一番苦労してるなんて微塵も思ってない。

(というか、世の中にはもっと苦労している人がいると思う)

自分は人の人生を変えれるほどの力を持っているとは感じてない。

 

ただ、こんな人生でも

自分の意識次第で変えることが出来る(できた)

ことをお伝えしたいと思います。

 

それが引き寄せの法則であり、「ヨガと引き寄せの法則はリンクしている」ということを強く感じた。

 

それをお伝えするために、このブログを書き始めます。

ちょっと長くなってしまったので、次回から自分の事を少し書こうと思います♪

 

 

最悪のどん底人生から私の人生が楽しくなった方法を紹介します。今日はそのご挨拶☆

はじめまして♪

ちちちゅんと言います♪

 

シングルマザーで一人息子と2人暮らしです。

年齢はアラサー突入したあたりだと言っておきますね!笑

 

私は書ききれないほどの、人生の苦痛を味わいました。

まずは簡単に私の経歴を書きます。

 

・結婚するも生活のすれ違いや価値観の相違に耐えられず、一年ちょっとで離婚。まだ一歳になったばかりの息子と2人暮らしを始める。

・家族とは仲が良いつもりだったが、金銭的にも精神的にも頼れる環境ではなかったので、全て1人。

(ここは書くと長くなるので後日…)

・疲れとストレスが重なって転換性障害うつ病を発症

・ある日、親の洗脳に気付くことになる。

・今まで信じてきた全てを失った。

・お金も体力も底をつきかけて、自殺を考えるが、親友に助けてもらい今に至る。

 

ちょっと簡略すぎて「たったそれだけ~?」と思う方が多いと思いますが、中身はとっても濃い~です!笑

 

人生のすべてが私の前から消えかけた瞬間に、私は違う世界を知ることになります。

「人生どうでもよくなったら、めっちゃ良い人生になってきた」

 

それに至るまでにはたくさん試行錯誤しましたが、このブログを通じてその方法を紹介したいと思います。

 

これはきっと引き寄せの法則であり、何気なしに始めたヨガがその効果を伸ばしていると実感したからです。

 

引き寄せの法則に興味ある人

ヨガの効果が気になる・興味がある人

人生を変えたい人

この三つの要素がすべて同じ「答え」に辿りついていると私は考えています。

 

1つでも気になる方は、これから発信していく私の実体験と方法を是非試してみて下さい♪

コメント等にも積極的に答えていきたいと思っています☆

 

では、今日はご挨拶まで♪